23歳。結局、伴侶は居ないけど!!
社会人になってから、もう少しで丸2年が経とうとしている。
19歳の頃の私は23歳までに結婚する!と
意気込んでいたのだが、
一体全体どういう事だろうか?
結婚はおろか丸3年彼氏すら居ない(笑)
どうしてそうなってしまったのと聞かれると
理由はいくらでも思い浮かぶが、
まず出会いに積極的ではなかった事を
ほんの少しだけ反省している。
しかしその一方で、良い点もあったように感じる。
自分がこの先どんな人物とどのような暮らしたいのか、一旦立ち止まって考える良い機会を自ら設けることができたからだ。
昨年、どうにかして都内に1Kの部屋を借りることができた私は、ようやく社会人のスタートラインに立ったのである。
まず、この選択は非常に良かったと思う。
結婚する前に自分の不得意なものや知識不足が判明した。
そんなの社会常識、と全てにおいて言われてしまいそうなくらいに私は、生活に対して無知であったのだ。
いつかそんな日々の失敗と珍妙な生き様を
綴るのも悪くないかもしれないが、
今のところはとりたてネタもないので、
あたためておくことにする。笑
社会人になってから2年という月日は
恐ろしく早く過ぎ去ったが、
友人らの優しさが身に染みる2年でもあった。
しんどいつらい話はここでは割愛する。
異動してからもう少しで丸1年。
職業柄っていうのもアレですが、
同性愛者の方と出会う機会が多く、男性の友人は増えた。
彼らは私の毎日を形成する大事な友人であると、私は一方的に考えている。
化粧品の話から恋愛観、推しの話やら夏目漱石のこころの話まで
ジャンル問わず色々な話ができて、
ご厚意に甘えて
Netflixやロッカーを共有して貰っている。
仲良くなると人との距離感おかしくなると
いうことは重々分かってはいたけれど、
彼らのおかげで毎日が楽しい。
仕事終わりにご飯食べて少し嬉しそうだった彼の顔が忘れられない。
初めて心の底から嬉しそうな顔を見た気がする。
1人の時間を多く持つようになって、分かったことがある。
人間ある程度、ひとりの時間は必要だ。
何かを考えて作ったり、様々な思い出に浸ったり。
しかし、人はこうやって本来は人と話していたい生き物なのだと思う。
日々あったことを話したいな〜思うこともあれば、話の流れで思うままに、日頃の価値観を言の葉に乗せて他人に投げかけてみるだけのこともある。
こんな話をすれば盛り上がるだろうという、そんな上っ面だけの安直な考えは、信頼関係を築き上げることにおいてナンセンスだ。
だからこそ、等身大で話すことのできる、この関係が愛おしい。
どうか私の一方的な独りよがりな気持ちで無いことを、少しばかり願っている。
もちろん、昔から仲良くしてくれている友人らには頭が上がらない。
今は私が感染症の第一線で戦っているので、
頻繁に一緒に出かけようとは思わないけれど
時期が来たら沢山会って話がしたいね。
その時までにこれからどう生きたいのか、
話せるようになるように日々溢れる想いを綴ることを止めないでいこうと思う。
23歳。結局、伴侶は居ないけど。
愛しい日々がそこにあって
大好きな人たちの優しさに包まれている。